レンタル彼女PREMIUM

 

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STORY of 望月里穂

『引きこもり』と一言でいっても、状態は様々だ。
レンタル彼女になる以前、望月里穂は不登校から引きこもり状態になっており、人と接することに恐怖を感じていた。
相手の目を見て話すことすら、恥ずかしくてできなかった。
そんな彼女が、なぜレンタル彼女になろうと思ったのだろう。
デビューから3年以上経った彼女に、レンタル彼女になった経緯やレンタル彼女に対する思いを聞いた。

ずっとうつむいて過ごした幼少期


私は幼い頃から引っ込み思案で、おとなしい子供でした。
自分の気持ちや思っていることを人に伝えることができなかったり、相手の目を見て話すことができませんでした。
誰かと目が合ったら『怖い』とか『恥ずかしい』という気持ちが先に立って、ついうつむいてしまいます。
授業中に指されるなどして、ふいに注目を浴びてしまった場合は、何も発言することなどできずに下を向いてしまいます。
そうやって、自分から注意が逸れるまでじっとしてやり過ごすというのが日常でした。

私が生まれ育った場所は、東京都でも下町の雰囲気の残るような街です。
全体的にせっかちな人が多く、たたみかけるような話し方をしたり、「早くしなさい」と急き立てるような気性の人が多いなと思います。
特に男の人は勢いよくしゃべることもあって、そのせいで男の人に対して苦手意識を持つようになってしまいました。
地元の小学校に入学したのですが、クラスの男の子たちは毎日言い争いや喧嘩をしたり、すぐに叩いたり髪を引っ張ってきたりするので、ますます男の子というのが苦手になってしまいました。
そういう私の内気な性格を見抜かれて、一方的に乱暴をふるわれることも多くなり、そんな時はひたすら下を向いて耐えていました。

私にはお母さんがいません。
19903s 幼い時に病気で亡くなってしまったと聞いています。
それなので、学校生活について相談できる人も「こうしたらいいんじゃない」と、アドバイスをしてくれる人もいません。
お父さんは仕事で家にいないことが多くて、親子であってもたまにしか顔を合わせないような仲では、本音で接することはできませんでした。
それでも小学校は必死で我慢をしたのですが、これがこの先も続くのかと思うと本当に嫌で、中学校は受験をして、地元から少し離れた女子校に入学をしました。

今まで嫌で嫌でしかたがなかった男子と関わらなくて良くなると思うと、中学生になるのが楽しみでした。
もちろん小学校で仲の良かった友人もいましたが、それ以上に男子から暴力をふるわれないで済むということが嬉しかったのです。
だから、その分新しい生活というものに緊張して中学校生活のスタートを切ったのかもしれません。
引っ込み思案の私は、入学式の初日から人見知りをしてしまい、人の輪に入るのにずいぶん遅れを取ってしまいました。
みんなが友達を作って楽しそうにしているのを私はただ眺めているだけで、自分から輪の中に入っていくことはできませんでした。
けれども、もじもじしている私のことをグループに誘ってくれるクラスのリーダー的な子がいて、ひとりぼっちにならずにすみました。
もしかしたら、中学校3年間は友達ができないかもしれないという不安で胸がいっぱいになっていたのですが、その子のおかげで順調な中学校生活をスタートすることができました。

引きこもりと言われる10代を過ごして


ところが、1年生の夏休みが明けて学校に行くと、私はクラスの子たちから急に無視をされるようになっていました。
今まで仲良くしていた子たちも、急に手のひらを返したように、私と口を利いてくれなくなっていました。
そういった集団無視は、夏休み明けに急に始まったのですが、夏休みの間はクラスの友達に会う機会もなかったので、いじめられるようなことをした覚えはありません。
けれども、『いじめられるようなことをした私がいけないんだ』とか、『私はいじめに遭うような価値のない人間なんだ』と、自分を責めました。
みんなが私を無視するのは、私が無視をされるようなことをしたからに違いないと思っていました。
しかし、少し経つとみんなは一人の命令に従って、私のことを無視しているのだということが分かりました。
その命令をした相手というのが、入学当時にひとりでいた私をグループに誘ってくれた子でした。
私はその事実を知ると、ショックのあまり学校に行けなくなってしまいました。

元から男性は怖い存在で、その上親切にしてくれた相手が自分のことをいじめていると知って、私は誰のことも信じられなくなりました。
仲良くしていた相手が、実は私のことを嫌っていると思うと、私に関わるすべての人が怖くなってしまったのです。
道を歩いていても、電車に乗っていても、すれ違う人や隣にいる人みんなが自分のことを笑っているように思えてなりません。
着ている服がおかしくないかとか、私の容姿を変だと思われていないかとか、立ち方、座り方、歩き方、ペンの持ち方、字の書き方……。
すべてにおいて人からどう思われているかが気になって、家から出られなくなってしまいました。
学校に行かない私のことを父は怒りましたが、学校に行かない理由は聞かれませんでした。
やがて頑なに学校に行かない私を見て、無理やり学校に行かせることを諦めたようでした。
それから中学を卒業するまで学校に行くことはなく、不登校のまま卒業になりました。


2s 高校は通信制のところに進学をしました。
通信制なのでほとんど学校に通学する必要もありません。
中学時代は学校に行くことができず不登校でしたが、それでも学校に行っていないことに負い目を感じていました。
それなので通信制とはいえ高校に進学をし、『学校に行かなくてはいけない』という環境から『学校に行かなくてもいい』という環境に変わると、ほんの少しだけ気持ちが楽になって、家から外に出てみたいという気持ちになりました。

部屋に引きこもっている間にネット上で知り合った友達ができて、その彼女と会ってみたいと思ったのです。
その子も私と同じように引きこもりになってしまっていた子でしたが、今いる環境や好きな音楽や考えていることに共通点があって、毎日のようにメールをする仲になりました。
一年以上メールのやり取りをした上で、実際に会ってもっと話したいという気持ちになったのです。
それまでは、飼っていたハムスターに話しかける日々で、ハムスターがいれば十分と思っていたのですが、その友達とは会って、話をして、好きなアーティストのライブに一緒に行きたいと夢を見るようになりました。
はじめて本音で話をすることができる友達ができて、同じ年頃の子がするようなことをしたくなったのです。
けれども、ずっと引きこもっていたせいで、遊びに使えるようなおこずかいはもらっていません。
それなので、会いたいと思っても誘うことはできませんでした。
それに、この時の私には友達に「会いたい」と言うような勇気はありませんでした。
今の私と会って、ガッカリされたら嫌だったからです。
友達にガッカリされないように、せめて人と会った時に挙動不審にならないような自分になりたいと思いました。

友達に会いたい気持ちが、自分を変えるきっかけに


そのため、思い切ってバイトをはじめることにしました。
はじめてのバイトはコンビニでした。
なぜコンビニだったのかというと、人と接することが苦手なのを直すには、人と関わる仕事をしないといけないと思ったからです。
仕事であればお客さんを相手に話さなければいけないので、バイトを続けていれば人と接することに自然と慣れていくだろうと思いました。

しかし、現実はそう甘くなく、お客さんに「いらっしゃいませ」や「ありがとうございました」という一言を言うことができず、クレームが寄せられたことも一度や二度ではありません。
何か話さなければいけないような時でも「声が小さい」とお客さんから怒られたり、レジに立つと緊張のあまりいつも顔がこわばってしまって「怖い」と言われたりと、本当に苦情ばかりでした。
それでもそのコンビニのバイトは1年続き、人と接することが以前ほど恐怖でなくなった頃、友達と対面することができました。
とはいえはじめは緊張しましたが、コンビニでお客さんと話をするよりはスムーズに話をすることができました。
高校を卒業した後はコンビニのバイトを辞め、より積極性が求められる飲食店でバイトをはじめました。
人と接することは苦手だし怖いのに、接客業が好きだったのです。
仕事に慣れないうちは苦情をもらうこともありましたが、お客さんに「ありがとう」とか「頑張っているね」と声をかけられることも増えて、嬉しく感じることも多くなりました。

そんな時に、偶然テレビで水城咲ちゃんを見ました。
はじめは『可愛い子だな』と思ってぼんやり見ていたのですが、咲ちゃんがレンタル彼女であると知って、そんな仕事があるんだと衝撃を受けました。
そして、そのテレビの中で咲ちゃんが、レンタル彼女をはじめる前は自身も人見知りだったことや、女の子と一緒に過ごすことの楽しさを人見知りの人に知って欲しいと言っていました。
その言葉を聞いて、レンタル彼女ってなんて素敵なんだろうと、私は一瞬でレンタル彼女のファンになってしまいました。
それから毎日レンタル彼女PREMIUMのサイトをチェックし、まるでアイドルグループの応援をするファンのようにキャストの情報に詳しくなりました。
毎日サイトを見ているうちに、私もレンタル彼女の仲間になりたいという気持ちが湧き上がって、はじめてレンタル彼女を知ってから半年後にレンタル彼女へ応募をしたのです。

内気な人を応援してあげたい


正直、自分がレンタル彼女になれるとは思ってもいませんでした。
けれども、なぜか合格してしまったのです。
しかし、入店前の研修の時点で、今まで人と関わることをしてこなかった分自分が実年齢よりも幼いことや、親から放任されたおかげで社会性が低いことをズバリ指摘されました。
事務所としては、そんな私のダメなところも分かった上で、レンタル彼女を通じて成長して欲しいという気持ちが強かったようです。
今まで得られなかったものや知らなかったことは私だけのせいではないけれど、これからは自分のために自分の力で色々なことを得ていけなければいけないと教えてもらいました。
そして、人から素敵な人だと思われるにはそうとう努力しないといけないということを言って聞かされました。
今でこそ笑い話になっていますが、デビューまでの研修期間も人より長く、その記録はまだ塗り替えられていないと聞きます。

それまでの私は、自分の言った一言や自分の取った態度一つで相手がどう感じるかなんて気にすることなどありませんでした。
怖いと感じたら怖いという顔をしてしまうし、嫌なことがあったら嫌な顔をしてしまいます。
そういったことを常に注意されて、すべて自分を中心に考えてきたんだと思うことができました。
人見知りだからといって不安な顔をしていたら相手はもっと不安になるかもしれないし、気分もよくないということを知って、話すことや表情などに気遣うようになりました。
中学時代も自分がどう思われているか気にしていましたが、気にすることが自分のことではなく相手のことに変わっただけで、『明るくなった』とか『優しくなった』とか、今まで褒められたことのなかった部分を褒めてもらえるようになりました。
そう言ってもらえると、もっと優しくしてあげたくなったり、評価してくれる人を裏切りたくないという気持ちから、積極性や責任感が出てきたように感じます。
それでも、つい『怖い』『嫌だ』という感情が優先されてしまうので、今でもそういった弱い自分に負けないようにしているところです。


1s 私は『内気なあなたの応援団長』というキャッチコピーをつけてもらって、それを気に入っているのですが、私を好んで会いに来てくれるお客さんは、私のように内気で怖がりな人が多いなと思います。
それこそ私と同じように引きこもりだったとか、大勢でわいわい賑やかにするのは苦手という人ばかりです。
そして、その人たちの話をよく聞いてみると、人と接するのが怖かったり、恥ずかしくて挨拶ができなかったり、自分から人の輪に入っていくことができなかったりするようなのですが、私もその気持ちがよく分かるので、それをおかしなこととも恥ずかしいこととも思いません。

私は子供の頃から怖いことや嫌なことが多くて、毎日が辛いと感じていました。
けれどもレンタル彼女になってからというもの、嬉しいことも楽しいことも昔とは比べられないくらい多くなって、自分のことも以前よりずっと好きになりました。

こんな私が変われるのですから、人って心がけ次第で変われるんだと思います。
自分を変えたくても変えられない人もいると思います。
そういう人達の気持ちを一番理解してあげられるのは、このレンタル彼女PREMIUMの中では私なんだと思います。
勇気が出せずにいる人や負けそうになっている人の話を聞いてプレッシャーを取り除いたり、必要であれば背中を押してあげたいと思っています。
そのためにはコミュニケーション力が私にはまだまだ足りないので、せめて上手にお話を聞いてあげることができる人になりたいです。
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