レンタル彼女PREMIUM

 

お客様が「主役」になれるひととき

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STORY of 高村奈央

いつもニコニコしていて、天真爛漫な高村奈央。
しかし、レンタル彼女になる以前は、他人に嫌われたくない気持ちが強いゆえ、本音を言うことが怖かったのだという。
少しは本音を言えるようになって、自分らしさが分かってきたという彼女だが、そのことに気づくまでにはどんな道のりがあったのだろう。
他人の顔色をうかがうばかりだった子供の頃の話から、レンタル彼女になった経緯、そして日々考えていることを聴いてみた。

母子家庭の偏見を避けてきた子供時代


私の家には、気づいたときにはもうお父さんはいませんでした。
おそらく、小学校に入学する前からいなかったのだと思います。
今では片親の家庭も珍しくないのですが、当時はまだ今ほど一般的ではなく、とりわけ北海道の田舎で育ったこともあって、母子家庭に対する世間の目は厳しいものでした。

もちろん、母子家庭だからという理由で嫌な思いをしたわけではありませんが、『母子家庭の子だから』という偏見の目が常につきまとっているのを、子供ながらに感じていました。
nao-001s 私のお母さんはとてもしっかりした人なので、そういった世間の偏見が嫌だったと思います。
私はお母さんが大好きだったので、私のせいでお母さんが悪く言われないように神経質になっていたところがありました。

今でも身長が147センチと小さいのですが、子供の頃から体が小さかったせいもあって、人一倍怖がりで臆病だったと思います。
いい子でいるためには、自分の意見を言わず人とあまり関わらないことが一番だと思った私は、他人からの評価を気にするあまり、周囲の大人の顔色をうかがって生きてきました。
お母さんが明るくて人から好かれるタイプだったこともあって、お母さんの影に上手に隠れてしまえばいいんだと気づいたのです。
私が質問をされても、何も言わずにうつむいていれば、私の代わりにお母さんが全部答えてくれます。
お母さんに任せてしまえば間違いは起こりませんので、お母さんが守ってくれるという環境に甘えていました。

柔道を通して人と向き合えるように


そんな私が、面と向かって人と顔を突き合わせ、立ち向かって行くことができたのが柔道です。
柔道は2才年上の兄が「柔道をやりたい」と言った時に、一緒に始めました。
その時は小学校中学年になっていて、周囲の女の子たちはおしゃれに目覚めはじめていましたが、私はおしゃれをするよりも柔道のほうがカッコいいと思ったのです。
そんな気軽な気持ちでやってみたいと思ったのですが、始めてみるとすぐに夢中になりました。
臆病で引っ込み思案で傷つきやすい私だったのに、柔道というルールの上では負けず嫌いで、自分より体の大きな相手に負けても諦められず、悔しくて泣いてしまいます。
実生活ではすぐに負けてしまうのに、どういうわけか柔道で負けるのは許せませんでした。
柔道は言葉のないコミュニケーションだと思います。
相手を投げるには、ただがむしゃらに技をかけてもだめで、相手の様子を見て押してみたり引いてみたりすることが重要になってきます。
普段お友達と一緒に話している時のように、ビクビクしながら相手の出方を待っていたら、すぐに負けてします。
この瞬間攻めるのか守るのか、どう試合を運んでいきたいかは、自分自身と対話をして決めていかなければいけません。
普段の自分であれば、自分がどうしたいかすら分からないというのに、柔道をやっている時だけは自分の気持ちに素直になることができました。

自分の中に負けたくない自分がいると分かって、驚いたと同時に少し嬉しくもありました。
なぜなら、強いと分かっている相手であってもひるまずに立ち向かって行くのは、本当は他人と関わりたいんじゃないかと思ったからです。
自分の意見を人に言うことは苦手だけれども、柔道という枠組みの中では相手に全力でぶつかっていける……。
そして、自分が思うまま相手と組んで勝った時の爽快感はたまらないものがありました。
そう気づくと、ますます柔道が好きになりました。
弱いくせに試合は大好きで、強くなりたい一心から練習にも夢中で取り組んでいました。
その後柔道は、黒帯を取得するまで続けました。

保育士として、子供たちの振る舞いを見て自分を見つめる


柔道では素直な自分を出せるのに、実生活ではまだ本音を隠してしまう癖が抜けずにいました。
誰かの意見に合わせるようにして生活していたので争いごとにはなりませんが、人から嫌われることを避けているため本音は言えません。
小学生くらいまではそれでもよかったのですが、高校生になると本当の自分を出せないことに苦しさを感じるようになりました。
本当は自分のことも分かってもらいたいという気持ちが強くなっていたのだと思います。

そんな時に、進路を決めるための職業体験として、保育園へ行くことになりました。
はじめは保育園なんて……と思っていたのですが、実際に保育園へ行って園児と触れ合ってみると、無邪気に私を受け入れてくれることが嬉しくて、涙が出そうになりました。
私だったら一緒に遊びたい相手がいたとしても、急に「遊ぼう」なんて誘ったら変な人だと思われないかなと、余計なことを考えてしまって、結局声をかけられずじまいになってしまいます。
けれども、子供たちは「遊ぼう」の一言ですぐに仲良くなれるんです。
普段の私だったら気軽に言えない「遊ぼう」の一言をためらわずに言えることが新鮮に感じました。
もしかしたら、私も園児の頃には迷いなく「遊ぼう」と言えていたのかもしれません。
いつの頃からか周囲を気にして、子供らしく振る舞えなくなっていたのですが、子供たちと一緒だったら素直に自分の気持ちを出すことができました。
そして、子供たちに受け入れてもらった時は何事にも代えがたい嬉しさがありました。
この気持ちをもっと感じたいと思って、高校卒業後の進路を保育科のある短大に決めました。

短大の保育科を卒業すると、地元の保育園に勤めました。
保育士のお仕事は学生の頃の職業体験とは違い、もちろん厳しいことも多かったのですが、その分やりがいがありました。
どんなことにやりがいを感じたかというと、人見知りが激しかったり警戒心が強かったりする子と信頼関係が築けた時です。
保育園に入園したばかりの子供たちの中には、固く心を閉じてしまっている子も少なくありません。
その子供の不安を取り払ったり、心の距離を縮めるために働きかけたり、興味を引く遊びに誘ってみたりして、子供の心を開くことができると本当に嬉しくなります。
1s 柔道の試合の時に、相手の様子をうかがいながら押したり引いたりしていたのと似ていました。
目の前にいる子供にどう接したら最善なのか、何度も自分自身と対話をし、柔道の時のように全力でぶつかっていきました。
他人と距離を置くよう生きてきた私が、積極的にコミュニケーションを取りに行くようになれるなんて、自分でも想像していなかったことでした。

相手が子供とはいえ、仲良くなりたいと思って働きかけた結果、円滑なコミュニケーションが取れるようになると、少しだけ自分に自信が持てるようになれました。
けれども積極的に自分の意見を言えるかというとそれはまだできなくて、私は自分を変えるために、思い切って自分のことを知る人のいない東京へ行こうと決意をしました。

自分を変えるため、頼れる人のいない東京へ


保育士のお仕事だったら、北海道にいても十分にできますが、臆病で引っ込み思案の自分を変えるために、地元にいてはいけないと思ったのです。
なぜなら、地元には友達も家族もいるため、自分自身に厳しくできないと思ったからです。
精神的に自立をするには、誰かの手を借りるのではなく、自分の居場所をゼロからきちんと作れなければいけないと感じていました。
のんびりとした空気の北海道から上京して、せかせかした東京の空気に慣れるには少し時間がかかりました。
けれども、何か問題に直面した時は柔道の試合を思い出して、自分自身と対話をするようになりました。
すると、不思議なことにやらなきゃいけないことが見えてくるのです。
生活する上で、たいがいの『大変だな』とか『逃げちゃいたいな』と思うことは人とのコミュニケーションに関してでした。
けれども、試合に挑むように問題を一つ一つ解決すると相手とも分かり合えるようになり、仲間と呼べるような間柄になっていって、気づけば自分の居場所ができていました。
相手を思いやることは大切なので、自分の思ったことを何でも言うというわけではありませんが、以前のように自分の意見を曲げてまで我慢するということはなくなりました。
それまでは嫌われたくない一心で相手に合わせていたのですが、自分の思ったことを言ったとしても、そのせいで相手から嫌われるわけではないことに気づいたのです。
むしろ、少しは自分の意見を言えた方が個人として尊重されると感じました。
自分の意見を言えないと、『あの子だったら許してくれるから』と、自分の存在は軽んじられて、都合のいい人のような扱いを受けてしまうのです。
思えば柔道でも、相手が攻めたいのか守りたいのか分からない時は、気持ちのいい取り組みにはなりません。
保育園の子供だって、仲良くしたいという意思表示をちゃんとしないと、仲良くはなれません。
コミュニケーションは相手に合わせるのではなく、こちらからどうしたいのかを示すことが大切なんだということが分かりました。
長年コミュニケーションの取り方を勘違いしていると気づいた私は、この自分の経験を誰かに伝えたいと思うようになりました。

コミュニケーションは、まず自分の本音を見つけることから


東京の保育所に職場を移して1年が経った頃、レンタル彼女という存在を知り、どうしてもレンタル彼女になりたいと思うようになりました。
なぜなら、ウェブサイトを見ていると、レンタル彼女を利用しているお客様が、少し前の私とよく似ているように感じたからです。
『人から嫌われることが怖くて本音を言えない』、『人目を気にしてしまって行動に移せない』、『大人の顔色をうかがってしまって無邪気な子供時代を過ごせなかった』……。
私がそうだったからなのかもしれませんが、ウェブサイトを見ていると、以前の私に似たお客さん像が想像できました。
ほんのちょっとだけ自分の本音を相手に伝えることができれば、きっとこの人の人生は変わるのに……。
レンタル彼女を利用したお客さんの感想を読んでいて、うずうずしました。
もしかしたら、自分の経験が誰かの役に立つかもしれないと思うと、レンタル彼女にならずにはいられなかったのです。

小さいころから怖がりだった私は、いい子と言われるように、大人が望む子供の態度を取ってきました。
けれども人からの評価を気にするあまり、本当は自分がどうしたいのかが分からなくなっていたような気がします。
保育士をしていると、園児たちの中にも、誰が教えたわけでもないのに他人の顔色をうかがってしまうような子供が一定数いることに気づきます。
2s 周囲の大人が気づいてあげて、上手に自分の本音を言えるように教えてあげられたらいいのですが、実際はそこまで気づいてあげられることって難しいかもしれません。
大人になると、それはますます難しくなるんじゃないかと思います。
もしも、私のように幼い頃から言いたいことが言えずに育って来たような人がいたなら、自分の本音って分かりにくくなっていると思うんです。
それなので、お客さんと一緒にいる時は子供の頃を思い出して無邪気に笑い合える時間を作っていけたらいいなと心がけています。
そして、私との時間を過ごしながら『ああ、こういうの好きだったな』『こんな時に自分らしくなるな』『自分にはこういう部分があったんだ』って、本当の自分をひとつでも多く見つけてもらえたら嬉しいです。
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